溶けた砂

音楽にまつわる日々徒然

ハンセン病の詩人、評論家島田等(1926〜1995)の詩に出会った。 島田等は21歳のとき集団検診でが発見され、 そのまま国立長島愛生園に強制収容され、そこで一生を終えた方だ。 花について                島田等 数万年前の中東の洞窟では、死者の埋葬に多くの花が使われていた。 同じように一万年前の縄文人たちも埋葬に花を使った。 使われた花の名もあきらかにされている。 考古学の新技法の採用によって発見されたこれらの事実は、 人間の花にたいする選択的な関係のはるかな始源性をしめすものである。 おそらく、文字をもたなかったであろうかれらが、 花にこめようとしたものを考えるとき、 それはのちの人間にとっての宗教であり、哲学・思想であった。 花は人間にとって始源の宗教であり、始源の哲学であった。 人間は言葉を失うとき、その始源性へ引き戻される。 地上に花は溢れ、栽培花は妍を競っている。 人々は花に囲まれて豊かさをさらに実感する。 しかし花にこめられる想いが豊かさに偏っていくのは本来ではない。 一度も言葉を失う危機(とき)を持たなかった人は、 花は自分を美しいと思ったことはない、ということを知らずに 過ごしてしまうのではないか。